私と詠春拳との出会い — 運動オンチのイラストレーターが歩み始めたカンフーの道

子どもの頃から体育が苦手で、運動とは無縁の人生を送ってきた私。
そんな私が、まさかカンフー=詠春拳を習い始めるなんて、数年前までは夢にも思っていませんでした。
このブログでは、「筆」と「拳」という一見正反対の世界に生きる私が、どうやって詠春拳に出会い、何を感じ、どう変わっていったのかを綴っていきます。
今回はその原点となる、私と詠春拳との出会いについてお話します。

運動音痴だった私がカンフーに惹かれた理由

アクション映画との出会い

私がアクション映画に触れたのは、物心ついた頃からでした。
父がアクション映画をこよなく愛していて、家ではいつもジャッキー・チェンの映画が流れていたのを覚えています。

物語よりもまず、映像の中で飛び回るジャッキーに夢中になり、父と一緒に映画のシーンを真似しては遊んでいました。
それは私にとって、最初の「カンフーごっこ」でもあり、体を使って表現することの楽しさを知った原点でもあります。

今思えば、あの頃のワクワク感が、今の詠春拳への道につながっているのかもしれません。

見る専門から「やってみたい」へ

小さなころから私は運動が苦手で、走れば笑われ、体育の時間がいつも憂うつでした。
だからこそ、テレビの中で軽やかに動き回るカンフースターたちは、私にとってまぶしい存在であり、あこがれの象徴でした。
スクリーンの中でくり広げられるアクションは、まるで別世界の出来事のようで、「私には一生、縁のないもの」だと思っていたのです。

でも、子ども心に映画の真似をして父と遊んだ時間は、確かに楽しくて、心のどこかで「本当は自分も動いてみたい」という気持ちが年々強くなっていきました。

詠春拳という名前を初めて知った日

あるきっかけで見た「イップ・マン」

結婚して子どもが生まれてからも、私は変わらずカンフー映画が大好きでした。
テレビで放送される作品は、自動録画設定にして見逃さないようにしていたほどです。

ある年の年末、録画されていたのが映画『イップ・マン』でした。
たまたま一緒に観ていた当時幼稚園生の娘が、「この人かっこいい!」と目を輝かせ、すっかりはまってしまいました。

それからは、かつて父とジャッキー・チェンの動きを真似して遊んだように、今度は娘と「イップ・マンごっこ」。
手を振り合ったり、構えを真似したり、何気ない遊びの中で、あの頃の楽しかった記憶がふっとよみがえったのです。

そして「イップ・マンがやっていた武術ってなんだろう?」と調べたとき、初めて知ったのが詠春拳(Wing Chun)という名前でした。

「これなら私でもできるかも」と思った理由

父と一緒に何度も観ていたジャッキー・チェンの映画は、どれも動きが派手で、まねをするのはとても難しいものでした。
高く跳ぶキックやスピード感のある動き、複雑な型。どれも「かっこいい!」とは思っても、「私には無理だな」と思っていました。

でも『イップ・マン』の中の動きは、それとは違っていました。
型はシンプルで、動きも大きくなく、それでいてものすごく強そうで美しかったのです。

娘と遊びながら構えをまねしていると、なんだか自分でも様になっている気がして、「私でもできるかもしれない」と思えたのです。

まるで、自分が達人になったような気持ちになって――気づけば、本気でやってみたいという気持ちが芽生えていました。

体験レッスンで感じた驚きと楽しさ

初めての「小念頭」

「やってみたい」という気持ちがどんどん膨らんで、思い切って申し込んだ体験レッスン。
当時6歳だった幼稚園生の娘も一緒に参加することにしました。

道場には大人の参加者ばかりで、正直なところ「娘には難しいかな」と心配していたのですが、始まってみると娘は思った以上に楽しそうに動いていて、無理なく体験についていけていたのです。

教わったのは、詠春拳の基本の型「小念頭(シーリンタオ)」。
ゆっくりとした動きの中に集中力が求められ、ふたりとも自然と真剣になっていました。

派手な動きや力任せの攻撃ではなく、自分の軸を意識しながら、相手の力を利用していくという考え方がとても新鮮で、
「これは、女性や子供でも安全に身につけられる武術なんだ」と実感しました。

そして、「しっかりと習えば、自分より強い相手にも対抗できるのでは?」という護身術としての可能性にも惹かれました。
ただ「かっこいい」だけじゃない、実用的で、自分自身を守る力にもなる──
そんな武術と出会えたことに、心からワクワクしたのを覚えています。

体験を終えてその日のうちに即答で入会申し込みをしました。2022年10月10日。この日から私の詠春拳の旅が始まったのです。

師父との出会い

入会してしばらくの間は、道場の稽古は「練習会」という位置づけで、アシスタントインストラクターの先生方が丁寧に教えてくださっていました。
その稽古だけでも十分に充実していて、「詠春拳って本当に奥が深い」と感じる毎日でした。

そんなある日、月に一度だけ東京から関西へ来てくださるという、師父(しふ)の直接指導の日がやってきました。
「一体どんな先生なんだろう」と緊張と期待を抱きながら迎えたその日――私は本当に衝撃を受けました。

初めて見た師父の動きは、まるで水のように自然で無駄がなく、まったく力んでいないのに相手をコントロールしてしまう。
「これが達人というものなのか…」と、思わず息を呑みました。

力に頼ることなく、押し合うのではなく、気がつけば導かれているような技術
それは私が想像していた「強さ」とはまったく違う、もっと静かで深いものに感じられました。

普段の稽古でも詠春拳の素晴らしさは充分に感じていたけれど、師父の存在が、それをさらに何倍にも拡げてくれたように思います。

コメントする