梅の実の季節がやってきました。
庭や市場に、青々とした梅の香りが漂うころ。
私はこの時期がとても好きです。
毎年欠かさず取り組む「梅仕事」。
梅酒、梅シロップ、梅干し、紅茶煮——さまざまな梅を仕込みます。
けれど、その中でも「翡翠煮」は私にとって特別な存在です。
翡翠煮という贅沢な手間

翡翠煮は、青梅の美しい緑色を残したまま、ふっくらとやわらかく煮上げる料理。
とても手間がかかります。
- 下茹でに2時間
- あく抜きに半日
- さらにシロップで2時間じっくり煮て、ようやく完成
一体どうして、昔の人たちはそこまで手間をかけてこの料理を作ったのでしょう。
青梅はあくが強く、皮はとても繊細。
煮るとすぐに破れたり、しわが寄ったりしてしまいます。
それでも「美しい翡翠色」を保ったまま煮上げたいという気持ちが、さまざまな工夫を生み出してきたのでしょう。
美しく仕上げるための知恵
翡翠煮を美しく仕上げるには、いくつものコツがあります。
- 温度を80度以上に上げない
- 砂糖は何回かに分けて溶かす
- 銅鍋で煮ると色が冴える
このレシピにたどりつくまで、先人たちはどれほどの失敗と試行錯誤を重ねてきたのだろう、といつも思います。

銅鍋で煮ると、梅の緑色(クロロフィル)が安定しやすく、美しい翡翠色に仕上がります。金属イオンの働きで色止めの効果があるのです。

煮る前に縫い針で小さな穴を開けていく。梅にしわが寄らないようにする工夫です。

熱が加わるとすぐに一度梅の色が抜けますが、銅鍋の効果でクロロフィルが安定し、美しい緑色が戻ります。これが翡翠色の秘密です。

水を入れ替える工程は、水流が直接梅に当たらないように巻きすを置き、その上から水をつたらせます。
こんなにも大切に丁寧に扱わないと、一瞬で皮が破れ、味も落ちるのです。
代々受け継がれた中で、誰かがまた少し改良し、その工夫がまた次の誰かにつながっていく。
そうして今、私の手元にもこの知恵が届いています。
美しいものに対する強い思いが、レシピという形になって息づいているのです。
梅と向き合うことで心も整う
今年、梅仕事に取りかかろうとしたとき、私は少し落ち込んでいました。
人間関係に疲れて、気持ちが沈んでいたのです。
それでも梅を前にして、「まずはヘタ取りだけでも」と始めました。
ひとつひとつ、ヘタを取り、そっと磨いていくうちに、少しずつ心が整っていきました。
梅の青く清々しい香りに包まれながら、
お鍋の中で梅をコトコト煮ていると、ふと気づいたのです。
「好きな人や好きなことに、もっと時間を注ぎたい。」
嫌なことも、苦しいこともあるけれど、そこにばかり心を向けていても仕方がない。
私の時間は、美しいものや心が喜ぶことに満たしていきたい。
そう思えた瞬間、梅の翡翠色がいっそう愛おしく見えました。
美しい時間を紡いでいく
梅仕事は、私にとって単なる保存食づくりではありません。
ひとつの手しごとを通して、自分の心と向き合う時間でもあります。
忙しい毎日の中で、こうして季節の仕事に没頭できることはとても幸せなこと。
今年の翡翠煮も、きっとまたひと味違ったものになるでしょう。
それは今の私の心が、今年の翡翠煮に映し出されているからです。
好きなことに、好きな人に、すべての時間を注ぐ。
そんな思いを込めて、今年もまた梅仕事の季節を迎えました。
これまでの養生や、季節の手しごとについても記事を書いています。
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